JR神戸線の定期券

ICOCAが道に落ちてた。

うっかり拾ってしまった。

何人もがスルーしていたかもしれないのに。

 

気の毒な落とし主。

定期を持ってるのに、

自分の財布からお金を取り出してきっぷを買って、あの電車に乗らなければならないなんて不憫すぎる届けてあげよう。

 

JR神戸線の定期だった。

近くの駅まで歩いていくことにした。

 

JR神戸線はほぼ毎日どこかの時間帯で遅れてる。

もはや誰からも時間通りに来ることを期待されていない。

時刻表を掲げているにも関わらず、毎日テキトーな時間にやってきて、

車内では人類史上最も軽い「申し訳ございません」を聞くことができる。

 

JR神戸線の時刻表を見るときは、

「わーいろんな数字があるんだなー、6のつぎって7なんだーすごーい、たのしーー」

という風に鑑賞するものです。その時間に電車がくるという情報を得るものではないです。現代日本を風刺したアートだと思えばいいです。

 

定期を落としただけでも気の毒なのに、この人はそのJR神戸線に毎日乗っている。

 

言葉もない。

 

ICOCAはコンビニの駐車場前に落ちていたので、何度かクルマに踏まれた傷がついていた。

が、名前、年齢、発行日などは読める。

「落とし主、昨日定期継続したばっかやんけ」

 

気の毒の階段をまた一段静かに降りた。

 

歩きながらICOCAについて考えた。

大事なのはカードの中のチャージデータや定期情報であって、カード本体じゃない。

ICOCA定期は再発行もできるし、気付いた時点で定期もチャージも止めることができる。

 

と、ここで聖人の私に迷いが生じた。

今までの人生(過去5分程度)を否定するかのような迷いだ。

「ほな別にアホみたいな顔して、正義感ふりみだして、デブが汗びっちょりで、自分の時間消費してまで、届ける必要ないんちゃう?」

 

・・・足が止まった。

・・・近くの茂みにこの定期投げようと思った。

 

さらに思考は進む。

「せやけど落とし主が今も気づいてへんかったら、悪い奴が見つけてチャージでファミチキとストゼロ買いまくるやん。そうなったらこの人、きっぷは買わなアカンわ、電車は遅れてくるわ、時刻表はアートやわ、チャージもパクられるわ、気の毒の4連ガチャやんけ(公取入るレベルの高ドロップ率)」

 

・・・やっぱり駅に向かうことにした。

足取りは急に軽くなり「我こそは社会の正義感」は後戻りできないほど高まった。

 

紆余曲折がありながらも無事駅改札に届けた。

駅員は軽い感じで「どこにおちてましたー??(ウェーイ)」

・・・それ聞いてどうすんねん。と思った。

 

「し、阪神新在家駅からまだ南のファミマの、ま、前っすネ・・・(ハフーハフー)」

 

やったぞワシ!これぞ日本人の鏡や!謎の高揚感に包まれ家に向かっている時にふと思った。

 

「コンビニの前に落ちてたし、もしかしたら悪い奴が拾ってコンビニでファミチキとストゼロ買って使い切ったあとカード捨てたんかも。。。。」

 

・・・そうだとしたらまず疑われんのワシやんけ!ファミチキも喰ってないし!ストゼロも飲んでないのにィィ ブヒー!

 

<本人の供述>

私は、ICOCAのシステム上、本来不要である行為にもかかわらず、自身の小さな正義感を満たすために行動した結果、

「駅や警察から電話がかかってきたら面倒やな」という何物にも代えがたい気持ちを手に入れました。