プラスティック・マン

[馒头【饅頭】マントウ]

 肉まんの肉がはいってないやつ。生地だけで蒸したもの。主食。味なし。主に中国の東北部で朝食時に他のおかずと合わせて食べたりする。

 

私は大学卒業後、逃げるように中国へ留学した。卒業式すら出ずに3月の頭から。

いわゆる氷河期ドンズバ世代で、思うような就職活動ができず、そもそも就活時に盲目的に求められる、なんだそれ系の「自分の強み」や、学生時代に経験した「サークルをまとめてイベントを成功させた」などのクソエピソードを持ち合わせていなかったので、留学という未知な経験をしてみたかったのだ。

 

健全な留学生は新学期の始まる9月か、その半年裏の4月から中国に留学をスタートすることが多い。当時はドロップアウトと言われたが、履歴書の特技欄にドロップアウトとかけるなあ、なんて思っていた。

 

そんなドロッパーな留学生活を始めたばかりのころ、通称:饅頭(まんとう)さんは顕れた。彼も私同様、変な時期から留学をスタートさせた。確か6月ごろにだったように思う。6月はデキる子たちが大学代表として短期交換留学にやってくる時期だが、彼は明らかにそっち側の風貌ではなかった。

 

当時中国で留学生が生活するには、基本的に大学内の宿舎に住まなければいけなかった。彼と私は同じ留学生楼の階違いだった。なので時々見かけることもあったし、いつしか話もするようになった。時に同じ授業にもなった。

 

彼はエブリデイエニタイム饅頭を食べていた。

教室に現れるときにも手提げ袋からは教科書と一緒に複数の白い饅頭が頭を覗かせていた。それ以外の食べ物を口にすることを見たものは誰一人として居なかった。

 

すぐに日本人留学生の間で話題となり、

彼のあだ名は「饅頭さん(man-tou san)」となり暇な留学生たちは色々と詮索した。

 

「饅頭の本場中国で彼は饅頭を高めるためにやってきた」と誰かは囁いた。

 

饅頭を高めるって何なんだよ。

 

「全中饅頭比赛(all china man-tou championship)に参加するためだ」と別の誰かが言っていた。

 

そんなものはない。

 

同じ頃、欧米からの留学生たちの間でも彼は話題になった。だがそれは「白くてフワフワした味のしない丸い物を肌身離さず持ち、時折口に入れている」からではなかった。

 

彼らが饅頭さんにつけたあだ名は「plastic man」。

テクノポップユニットみたいだ。ジャンルはシティポップかもしれない。

こういうところが我々日本人が海外勢に敵わないところだった。あだ名センスの違いに愕然とした。留学してよかった。

 

しかしなぜプラスティック・マンなのか。

 

エブリデイ饅頭イーツだけで充分なインパクトを持つ彼だったが、もう一つの強烈な個性が光っていた。

彼は留学生活の中であらゆるものに触れる時、手にビニール袋をつけていた。

授業で教科書を読む時もビニール手袋ではなくいわゆるスーパーで豆腐とか買うと入れてくれるシャワシャワと音のするあのビニール袋。それがplasticmanの由来と思われた。

 

プラスティック・マン限定初回プレス版には特製饅頭付き、ってやかましわ。

 

いまこの時期に突如彼のことを思い出したのは、身体接触を控えるべき時代が来たからなんだと思う。

 

彼が当時から手をビニール袋で包んで生活していたのも、なんらかの感染症対策だったのかもしれない。もしかしたら感染症の研究者として中国留学していたのかもしれない。たぶんただの饅頭好きだろうけど。

もしかしたら饅頭の食べすぎなどで基礎疾患があり、感染症には人一倍気をつけて生活する必要があったのかも知れない。

 

配慮が足りなかった。噂してごめん。むしろ饅頭さんのほうが正しい。特に現在においては。

 

私にはなぜかこの手の人種と交流を交わす才能があるようで私にだけ彼が話してくれたエピソードがある。

 

饅頭さん「さっき砂鍋を食べてきたんです。美味しかったですよ」

砂で固めた鍋をじゃりじゃりと捕食ではない。

野菜とかお肉を旨味たっぷりのスープで煮込んだ一人鍋のことを砂鍋という。

一人鍋とは、やっぱり饅頭さんは感染症対策の意識が高い。

 

 

饅頭さん、時代があなたに追いついたよ。